「ボッティチェリ展」・・・聖母子の画家としてのボッティチェリ [私的美術紀行]
上野の東京都美術館で開催中(~4月3日)の「ボッティチェリ展」を見てきました。
★『ラーマ家の東方三博士の礼拝』★
(1475-1476年頃:ウフィツィ美術館蔵)
(Photo by「時空旅人」)
ボッティチェリが名声を確立した出世作の宗教画。
主要人物による安定したピラミッド型構図により、聖母子に視線が引きつけられる。
群衆の何人かはフィレンツェの名家メディチ家の人物や絵の発注者、画家自身といわれる。
(人物の解釈は諸説あるが、会場内に説明ボードが掲出されている)
参考★『ヴィーナスの誕生』★
(1485年頃:ウフィツィ美術館蔵)
(Photo by「世界の美術館」)
ルネサンスの巨匠・サンドロ・ボッティチェリ(1445年頃~1510年)というとギリシャ神話を主題にした『ヴィーナスの誕生』や『春(プリマベーラ)』の印象が強すぎるのですが、いくつかの美しく優雅な聖母子を描いており、今回の大回顧展にも聖母子像の代表作が来日しています。
ルネサンスが開花した15世紀、絵画は礼拝の対象から鑑賞への対象へと変わりつつあったのですが、ボッティチェリは、若いころ初期ルネサンスを代表する画家であるフィリッポ・リッピに師事しています。
フィリッポ・リッピは修道士でありながら尼僧と駆け落ちし子どもまで設けたエピソードの持ち主。
フィレンツェ絵画を代表する優しい作風の画家で、聖母子像など天上的な主題の作品は感情の機微を持ち描き手と同時代のリアリティに満ちています。
聖母の麗しい姿や軽やかな衣の表現は、弟子のボッティチェリや息子フィリッピーノ・リッピに受け継がれています。(本展覧会にはリッピ父子の作品も多数展示されています)
実は、今回展覧会で鑑賞した作品の中から私的にお気に入りだった作品を調べてみたら、ウフィツィ美術館やパラティーナ美術館の所蔵品で、2回のフィレンツェ訪問で鑑賞しているはずの聖母子を主題にした作品が多かったのです。
どうやら、聖母子の画家といえば、ラファエロが私のファースト・チョイスになってしまいボッティチェリの作品はあまり思い浮かばなかったようです。
今回、ボッティチェリの資料から自分の好きな聖母子作品を探していたら、ベルリン美術館で鑑賞した作品がいくつか見つかりました。
参考★『歌う天使と聖母子』★
(1477年頃:ベルリン美術館蔵)
(Photo by「世界の美術館」)
画家が33歳頃の作品。
聖母子と8人の天使たちが身体を寄り添わせて円形の画面(トンド)に無理なく収められている。
参考★『玉座の聖母子と諸聖人』(バルディ家祭壇画・部分)★
(1484年:ベルリン美術館蔵)
(Photo by 「聖母マリアの美術」)
本作の聖母は授乳のために静かに衣を開けており、礼拝の対象である祭壇画でありながら人間味のある仕草の聖母像が描かれている。
本展覧会の目玉作品として、チラシにも採用されている『書物の聖母』は、待望の初来日。
ボッティチェリ円熟期の傑作には、金箔やラピスラズリなどの高価な素材が多用されており、実物の質感や色彩を間近で鑑賞したい作品です。
絵はがき★『書物の聖母』★
(1482-1483年頃:ポルディ・ペッツォーリ美術館蔵)
14世紀頃までの硬い表情の聖母子像と違い、ある家庭の日常の一コマのように人間らしく描かれた母子の間には無言の対話がある。
悲しみをたたえた視線を、幼子の可愛らしい左腕に巻かれた将来の「受難」の象徴である茨の冠や3本の釘に向けるマリアは、子の運命を悟って苦しんでいる。
母を仰ぎ見るキリストはほほえみながら、そんな母に対し、自らの使命の意義を語り、慰めているのだろうか。
(参考:朝日新聞、2016年1月14日)
聖母子のポーズは、聖母子像の中でも人気が高いトンドとして描かれた『マニフィカトの聖母』とよく似ています。
ウフィツィ美術館所蔵の『マニフィカトの聖母』は今回来日していませんが、会場の内売店で絵はがきを販売しています。
参考 絵はがき★『マニフィカトの聖母』★
(1480-1481年頃):ウフィツィ美術館蔵)
聖母は天使が支える書物を前に羽ペンをインク壺にひたしている。
書物の開かれた右ページには「マニフィカト」(あがめる)という単語で始まるルカ伝のマリアの讃歌の言葉を読むことができる。
絵はがき★『聖母子と4人の天使(バラの聖母)』★
(1490年代:フィレンツェ、パラティーナ美術館蔵)
ボッティチェリと工房による作品。
トンドは15世紀後半のイタリアで、邸宅内の装飾のひとつとして飾れるので人気があった。
本作は構図のバランスを取るため、背景に複数本のバラを描いている。
洗礼者聖ヨハネは、旧約の世界の最後の預言者であるとともに、キリストの先駆者として新約の始まりに立っているという極めて重要な存在です。
聖母マリアの従妹・エリザベツの息子であるヨハネは荒野で修行し教えを説きながら、ヨルダン川の川辺で人々に洗礼を施していました。キリストにも洗礼を施した人物で、数多くの宗教画の主題になっており、聖母子との3ショットも画家に人気の主題。絵画作品の中では幼いヨハネも十字架のついた杖やラクダの毛皮というアトリビュートを身に着けています。
絵はがき
★『聖母子、洗礼者聖ヨハネ、大天使ミカエルとガブリエル』★
(1485年頃:フィレンツェ、パラティーナ美術館蔵)
洗礼者ヨハネ(左端)が、長い髪の美少年として描かれている作品。
ボッティチェリは、生涯にわたり多数の宗教画を描いていますが、それぞれの時代で影響を受けた人物により同主題でも画風が違うことが感じられます。
工房時代は、師であるフィリッポ・リッピの影響を受けた古典的なキリスト教絵画、メディチ家の庇護をうけた時代は古代芸術に影響を受けた神話のような趣き。
そしてメディチ家が追放された最晩年に描かれた下記の作品は、宗教改革家サボナローラの影響から中世風な作風に回帰しています。
絵はがき★『聖母子と洗礼者聖ヨハネ』★
(1500-1505年頃:フィレンツェ、パラティーナ美術館蔵)
聖母マリアが、幼子をヨハネに委ねるという主題。
縦長の画面に身体を屈めるように描かれた聖母も抱かれているキリストも表情が硬く、動きもぎこちない。
ルネサンスの光と闇を生きたボッティチェリの晩年は、儲けたお金を使い果たし仕事もなく不遇の中で死んでいったといわれています。
≪おまけの画像≫
本展覧会にはフィリピーノ・リッピの『幼児キリストを礼拝する聖母『』という作品が展示さていますが、父親でボッティチェリの師であるフィリッポ・リッピによる同主題の作品(ベルリン美術館所蔵)をご紹介します。
フィリッピーノ・リッピ★『幼児キリストを礼拝する聖母』★
(1478年頃:ウフィツィ美術館蔵)
(Photo by 「時空旅人」)
師でありライバルでもあったボッティチェリの影響が顕著に見られる作品。
参考フィリッポ・リッピ★『幼児を礼拝する聖母』★
(1459年頃:ベルリン美術館蔵)
(Photo by「世界の美術館」)
当初はメディチ家礼拝堂の祭壇画として飾られていた作品。
聖母子をはじめとする登場人物たちがリアルな人間に描かれている一方で、画面全体の繊細な装飾により神秘感が漂っている。
(左端は洗礼者聖ヨハネ)
聖母マリアは受胎告知からキリストの誕生、復活・昇天まで聖母子の図像として多種多様にわたって描かれていますが、年老いた聖母の姿はあまり多く見られません。
13世紀半ばころにまとめられた『黄金伝説』によると
“聖母が72歳を迎えた日、大天使ミカエルが、死に対する勝利を意味する棕櫚を手に持って3日後に天に召されることを予告し、布教活動に散っていた使徒たちを聖母のもとに集める”
とあります。
今回展示されていた、フィリッポ・リッピによるバルバドーリ祭壇画の裾絵として描かれた3連の板絵の中に『聖母の死の告知』という作品がありました。
あまりポピュラーな主題ではなく有名な作品も少ないからでしょうか、展覧会の売店で、ワイド判の絵はがきを販売していました。
絵はがき フィリッポ・リッピ★『聖母マリア死のお告げ』★
(1438年頃:ウフィツィ美術館蔵)
「カラヴァッジョ展」、闇と光を操る天才画家の傑作10点に逢える! [私的美術紀行]
西洋美術ファンにとっては見逃せない展覧会が目白押しのスペシャルイヤーです。
現在、日本初の本格的回顧展となる「ボッティチェリ展」(~4月3日まで東京都美術館)、特別展「レオナルド・ダヴィンチ 天才の挑戦」(4月10日まで東京都江戸東京博物館)が開催中です。
来月は私の大好きな画家、バロック絵画の始祖であり篤い信仰心から生まれた宗教画を制作しながらも殺人者という破天荒な天才画家「カラヴァッジョ展」が始まります。
ミケランジェロ・メリージ・カラヴァッジョ(1571~1610年)は、西洋美術史上もっとも偉大な芸術家のひとりで、17世紀初頭にローマでバロック絵画を誕生させ、光と闇の演出による劇的な宗教画を数多く描いています。
以前このブログでは、2012年9月25日の記事でカラヴァッジョの生涯をたどりながらその作品をご紹介していますが、日本でカラヴァッジョの作品をまとめて見られる機会は2001年(東京都庭園美術館ほか)以来とのこと。
1999年、イタリア・ミラノのブレラ美術館で『エマオの晩餐』を鑑賞した時、感銘を受けたにも関わらずその後カラヴァッジョのことを忘れかけていた私は上記の美術展をスルー。カラヴァッジョの魅力を再発見したきっかけは、「ルーヴルはやまわり」の著者、有地京子先生の名画解説セミナーでした。
(映画「カラヴァッジョ~天才画家の光と闇」のチラシ)
没後400年記念に公開された映画「カラヴァッジョ~天才画家の光と闇」を見て、彼の人生と作品に興味を持った私ですが、カラヴァッジョ作品の最大集積地であるローマをはじめとしたイタリアを再訪する機会もないままだったので、今回の展覧会は本当に待ちわびていた企画展です。
ここでは、『エマオの晩餐』など本展覧会で見られる作品をいくつかご紹介します。
★『エマオの晩餐』★
(1606年:ミラノ、ブレラ美術館蔵)
(展覧会チラシより)
私が初めて出逢ったカラヴァッジョ作品『エマオの晩餐』は、2人の弟子が食卓を共にした男が、復活したキリストであることを知って驚く場面を描いています。
色調を抑えながらも光と闇との対比がドラマチックな効果をあげている晩年の傑作。
本作は、死刑宣告を受けたカラヴァッジョの逃亡生活の中で制作されており、ロンドン、ナショナル・ギャラリーが所蔵する1601年に描かれた同主題の作品と比べると、」画面から受ける印象が全く異なります。
人物の動きを抑え、画面に射し込む強い光はなく闇が広がっており、カラヴァッジョの晩年洋式の始まりが見られる作品です。
★『トカゲに噛まれる少年』★
(1596~1597年頃:フィレンツェ、ロベルト・ロンギ美術史財団蔵)
(Photo by「日経おとなのOFF」)
バラの花に隠れていたトカゲに噛まれて驚く少年という初期の風俗画。
バラは愛を表すため、恋の道には痛みが伴うという教訓を表したものといわれます。
カラヴァッジョはローマ時代の初期、単独の少年と果物などの静物が組み合わされた作品を数多く描いており、 同主題の作品はロンドン、ナショナル・ギャラリーも所蔵しています。
フランドル派の影響により静物画や風俗画がさかんになりつつあったミラノで修行したカラヴァッジョは静物の描写が得意でしたが、人物表現の伝統が根強いローマでは、少年と組み合わせる必要があったと考えられます。
★『女占い師』★
(1598~1599年頃:ローマ、カピトリーノ絵画館蔵)
(展覧会チラシより)
ロマの女占い師に手相を見てもらう若者という構図ですが、女は世間知らずの若者の指からそっと指輪を抜き取ってしまいます。
同じ頃に描かれたとみられるルーヴル美術館所蔵の同主題の作品は、ほぼ同じ構図ながらモデルなった女も若者も異なっています。ルーヴル作品の若者のモデルは、カラヴァッジョの舎弟であった画家のミンニーティ。
参考★『女占い師』★
(1595~1598年頃:ルーヴル美術館蔵)
(Photo by「もっと知りたいカラバッジョ」)
ルーヴル美術館はカラヴァッジョの作品を3点所蔵していますが、上記有地京子先生の「ルーヴルはやまわり」には、『女占い師』と『聖母の死』の詳しい解説があります。
★『ナルキッソス』★
(1599年頃:ロマ、バルベリーニ宮国立古典美術館蔵)
(Photo by 「時空旅人」)
水面に映った自分の姿に惚れ込んで溺れてしまった美少年ナルキッソス。
わが身に恋する美少年とニンフのかなわぬ恋物語〝ナルシスとエコー”は、ローマ時代のオウィディウス『変身物語』による叙情的な物語です。
写真ではわかりにくいのですが、暗闇の中に浮かび上がるナルキッソスと水面に映った彼の姿が互いを見つめあう構図をじっくり見るのが楽しみです。
★『エッケ・ホモ』★
(1605年頃:ジェノヴァ、ストラーダ・ヌォヴォ美術館蔵)
(展覧会チラシより)
ローマ総督ピラトに捕らわれ、鞭打たれて傷ついたキリストが群衆の前に引き出された場面ですが、本展覧会では、依頼主が他の画家にも描かせた同じ主題の作品と並べて展示されるとのこと。
★『洗礼者ヨハネ』★
(1605~1606年:ローマ、コルシーニ宮国立古典美術館蔵)
(Photo by「日経おとなのOFF」)
洗礼者ヨハネはカラヴァッジョが数多く描いた聖人ですが、本作では若々しい裸身が月光に照らされて浮かび上がる構図となっています。
2010年に東京都美術館で開催された「ボルゲーゼ美術館展」には、カラヴァッジョ最晩年に制作された同主題の作品が来日しています。
参考 絵はがき★『洗礼者ヨハネ』★
(1610年頃:ローマ、ボルゲーゼ美術館蔵)
憂いに満ち、放心したようにこちらを見るヨハネが持つ杖は十字架状のものではなく、洗礼用の椀もラクダの毛皮もありません。また、背後にいるのもヨハネの子羊ではなく角の生えた牡羊として描かれています。
洗礼者が救世主を待っていることを示すようでもあり、殺人罪の恩赦を待つカラヴァッジョの姿に重なるという見方もできます。
生涯にわたって死を描き続けたカラヴァッジョは斬首を主題にした作品が多いのですが、ペルセウスに斬首されて楯に封じ込まれた魔女メドゥーサの断末魔の叫びが凍りついた作品。今回は、ウフィッツィの作品と同じころ制作された個人蔵の作品が展示されるようです。
参考★『メドゥーサ』★
(1597~1598年:フィレンツェ、ウフィッツィ美術館蔵)
(Photo by「もっと知りたいカラバッジョ」)
本展覧会は、カラヴァッジョの世界を体感できるように、五感、風俗、光、斬首などのテーマごとに構成されカラヴァッジョの作品をカラヴァッジェスキ(継承者たち)の作品とともに紹介されるとのこと。
誰のどんな作品に出会えるのか開催が待ち遠しいですね。