”仲間に恵まれた”佑ちゃんに栄冠・・・50年ぶりの早慶優勝決定戦 [ニュース]
(早慶による優勝決定戦を制した斎藤佑樹投手。
全スポーツ紙の一面を飾るニュースバリュー)
秋晴れの文化の日、20年ぶりの「満員札止め」となる3万6千人が駆けつけた神宮球場で、50年ぶりの早慶による優勝決定戦が行われ、2006年夏の甲子園大会優勝投手の斎藤佑樹を擁する早大が優勝しました。
秋の東京六大学野球リーグ戦の優勝争いは、早慶戦で早稲田は1勝すれば優勝、慶應はストレート勝ちで優勝決定戦に持ち込めるという展開。先日のプロ野球ドラフト会議で“同一チームにドラフト1位指名投手3人”が話題になった早稲田が圧倒的に有利な状況だったのですが、春季王者の慶應が、“ドラフト・トリオ”を粉砕(?)して連勝し、この日の決戦となったのでした。
甲子園の優勝投手で『ハンカチ王子』と呼ばれ一躍アイドルになった斎藤が早大1年の春からリーグ戦で活躍したことで古い野球ファンが戻ってきただけでなく、“佑ちゃん”目当ての女性客が神宮球場に急増した東京六大学野球がテレビのワイドショーで取り上げられるなど社会現象化。
この1-2年、ブームは沈静化していたのですが、“主将として最後の早慶戦に優勝をかけた斎藤の『プロ入りへの花道は優勝投手』”とメディアも世間も期待していたようなのです。
50年前、あの伝説の「早慶6連戦」に中学生ながら一喜一憂し、現在慶應の監督である江藤省三氏の現役時代のプレイを神宮球場で応援していた私は、5年間優勝から遠ざかっていた母校を監督就任最初のシーズンで優勝に導いた江藤監督に期待していました。
春の早慶戦では、斎藤にも打ち勝った慶應が優勝しているし、ドラフト候補になるような抜きんでた選手はいなくても、150人を超える部員から選ばれた優秀な選手たちはそう簡単に負けたりしないと・・・
“あとひとつ勝てば優勝”というのは簡単そうにみえてもそうではないことは今回も実証されました。
早慶戦の第1戦、先発した斎藤から奪った2点を2年生投手が守り抜いた慶應が勝利した後のインタビューで、慶應の江藤監督は「空気が読めなくてすみません」とコメントしていました。
(先日の連合三田会でも早慶戦の必勝を祈願。
春秋連覇を期待したが・・・
Photo by 三田会パンフレット)
“負けたらお終い”と前に進むしかなかった慶応も、優勝決定戦には気負いがあったのでしょうか、早稲田の猛打が炸裂し0-7というスコア。
しかも先発した斎藤の前に、慶應は7回までノーヒット。負けるにしても“佑ちゃんに『優勝決定戦でノーヒッター』という記録を進呈するわけにはいかない”と思っていた8回、守備の乱れをきっかけに慶應が5点を返して、5-7となったところで投手は斎藤から西武のドラフト1位指名選手・大石に交代。
8回の猛反撃も力及ばず最終的には5-10というスコアで慶應は敗戦し、“佑ちゃんが有終の美を飾る”結末になりました。
今朝のスポーツ紙の一面は、プロ野球日本シリーズ第4戦の“深夜まで繰り広げられた死闘”のニュースをさしおいて、早稲田優勝の記事と“佑ちゃんの晴れやかな笑顔”の写真。
今回、早稲田の勝利が不愉快というのは私たち慶應OBや関係者の個人的心情だけで、世間は“佑ちゃんの早稲田が優勝”という結末を望んでいたことがよくわかりました。
それにしても、優勝報告会で“佑ちゃん”が笑いながら言ったコメントはお見事です。
「本当にいろいろな人から斎藤は何かを持っていると言われ続けてきました。今日何を持っているか確信しました。
それは仲間です。こうやってチャンスを回してくれた仲間。応援してくれた仲間。慶應大学というライバルがいて、ここまで成長させてくれたと思います」
「それは仲間」・・・今年の流行語大賞に選ばれるかもしれませんね。
そして「プロ野球選手として息長く活躍して、ファンの記憶に残る選手になりたい」という斎藤佑樹君を来年からは私も応援したいと思います。
WBC連覇の「侍ジャパン」からサッカー日本代表が学べることは? [ニュース]
WBC決勝戦の日韓対決は、苦しい闘いを乗り越えたイチローの決勝打で日本が連覇を達成しました。
日韓とくらべて、アメリカチームが本気で参戦していなかったとか、日本の対戦相手が9戦中5戦も韓国だったとか大会の運営方法などには疑問もありますが、大きなプレッシャーを乗り越えて栄冠を獲得した「侍ジャパン」に惜しみない拍手を送りたいと思います。
ロッカールームのシャンパンファイトで、若き戦士たちから容赦なくシャンパンを掛けられはじけているイチローの姿には感慨もひとしおです。
今大会“絶不調”と言うしかないほど不振にあえいだイチローが最後の最後で“神が降りて”大仕事を成し遂げるなど全く予想外。優勝後の会見で、『最終的に“侍”になれた』ことを喜んだイチローも「相当へこんでいる」とすら言えずに記者団に無言で選手バスに乗り込む姿に“イチロー限界説”が頭をよぎった人も多いのではないでしょうか。
敗戦の時も選手を非難するようなコメントをせず、周囲の雑音にも屈せず不動の1番としてイチローを使い続け、大事な場面を若いダルビッシュに託して結果を出した原監督には正直驚かされました。
北京五輪の惨敗によりWBCの監督選考が難航した挙句に原監督が引き受けたとき、巨人の監督と二股でできるのかな? などとあまり期待していなかったのにうれしい誤算です。
思えば原監督という人は、現役時代から、“長嶋の後継者になれるのか?”という大きなプレッシャーと闘いながら、常に絶対的な成果を出すことを求められ、どんなことにも耐えるという忍耐強さ・我慢強さを培っていたからこそWBCの優勝監督という栄誉に輝いたのかもしれません。
“チーム一丸となって”という言葉をよく耳にしますが、選手たちが異口同音に、“このチームの一員として戦えたことを誇りに思える”と語った「侍ジャパン」。
“(メジャーリーグの選手たちに、日本の実力を思い知らせたいから)、本気でWBCの優勝を獲りに行きたい”イチローと、“イチローが打てないからチームが負けたと言われたくない”チームメイトたちが支えあってチーム一丸なって獲得した優勝。
W杯最終予選、正念場のホーム・バーレーン戦を今週末に控えたサッカー日本代表も見習ってほしいものです。