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ベラスケスの名画「ラス・メニーナス」をピカソが描くと・・・「バルセロナ・ピカソ美術館」 [私的美術紀行]

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★「ラス・メニーナス(ベラスケスによる)#1」(1957年):
ピカソはベラスケスの傑作を題材にした連作58点を制作
by 絵はがき★

9月のスペイン周遊旅行では、各地の世界遺産を見学しプラド美術館などで西洋名画の数々を鑑賞したのですが、特にスペイン出身のピカソ(18811973)の作品を数多く見ることができました。

その中でも、1963年、ピカソが精力的に活動していた頃にオープンした「バルセロナ・ピカソ美術館」には幼少から青春時代の作品が数多く収蔵されており、少年の頃からとにかく絵がうまかったその天賦の才を目の当たりにしました。

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(「バルセロナ・ピカソ美術館」:
中世の邸宅を改装した美術館の中庭で入館を待つ見学者)

この美術館は、ピカソの友人サバルテスが初代館長をつとめ、バルセロナの親族のもとに残していた子どもの頃からの作品およそ1000点が1970年にピカソから寄贈されています。青春時代を過ごしたバルセロナに自身の足跡を残したいというピカソ自身の意志が美術館のコレクションを特別なものにしているといわれています。

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★「科学と慈愛」(1897年):
鑑賞者の見る角度によって、ベッドの大きさが正面から見るよりも短く見える作品
by 絵はがき★

ピカソ初期の大きな作品でマドリード総合美術展で佳作、マラガの展覧会で金賞を受賞した「科学と慈愛」を描いたときピカソはまだ15でした。この年齢にして既にアカデミックな技法を習得しているのもすごいことなのですが、瀕死の女性を医師と修道女が取り囲むというシリアスなテーマを少年が選んだということに驚かされます。
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★「画家の母の肖像」(1896年)by 絵はがき★

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★「初聖体」(1896年)by 絵はがき★

その前年に描かれたピカソの母の肖像画や、妹の初聖体の作品は少年ピカソの家族への愛が感じられるテーマですが、どちらも中学生の年代の子どもの手によるとは思えない出来映えです。

同じ展示室内に黒っぽい衣装の中年女性の肖像画があったのですが、“既に画家として名が売れはじめたピカソに、自身の肖像画を依頼した親戚の女性のことが嫌いだったピカソは、わざとその女性を実際より老けた感じに描いた”というエピソードをガイドさんから聴きました。
ピカソが大好きだった優しい母の肖像画と見比べるとその中年女性はちょっと意地悪そうにも見えました。しかし、そのおばさんは有名画家になったピカソに肖像画を描いてもらったことを素直に喜んだとか・・・
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★ベラスケス「ラス・メニーナス」(1656年頃)
by 絵はがき★


さて、バルセロナのピカソ美術館は開館して5年目、ピカソ晩年の重要な作品群を収蔵品に加えることになります。ピカソと同じスペイン出身の画家ベラスケスの代表作「ラス・メニーナス」を題材とした連作58点すべてが、初代館長だった友人・サバルテスの死を悼みピカソから寄贈されたのでした。

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★「ラス・メニーナス(幼いマルガリータ)#27」
(1957)
:ピカソがキュービズムで試みた、
全体は正面を向きながら顔は正面にも横顔にも見える
“同一画面における複数の角度からの描写”
という特徴がこの肖像画にも見られます
by 絵はがき★

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★「白いドレスのマルガリータ王女」(1656年頃):
昨年の「Theハプスブルク展」で来日したこの作品は、
「ラス・メニーナス」と同じ衣装ですが、髪型などが少し大人びてみえます
by 「週刊世界の美術館」H12.8.8号★



スペイン美術史における傑作を題材に様々なアプローチで展開された作品は、どれもピカソならではの手法で全体あるいは部分が切り取られ、分解され、独自に解釈して再構築されています。
「ラス・メニーナス」シリーズは小さな作品も含めて多数展示されていたので、
12年前のプラド美術館で遭遇して以来『マルガリータ王女マニア』となった私としてはもう少しゆっくり鑑賞したい作品群でした。


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