一度は行ってよかった「世界遺産・絶景」・・・②ゴッホは南仏プロヴァンス”に“光に満ちた日本”を求めた [海外旅行]
2005年7月、私にとって3回目となるフランスの旅でようやく念願のプロヴァンス地方に行くことができました。
日本人にとってゴッホという画家は、西洋絵画の知識が殆どない人たちにとっても特別な存在で、『ひまわり』に代表される作品だけでなく苦悩する画家の人生ドラマにも関心がもたれているようです。
印象派の画家たちは日本の浮世絵に関心を寄せ、彼らの作品にも浮世絵の技法の影響がみられますが、中でもゴッホは光に満ちた日出ずる国、日本の姿を南仏に求め、1888年2月、アルルへ旅立ったのでした。
アルルの陽光の中に日本の浮世絵の世界を見出したゴッホは、孤独な現実の中でも制作欲・想像力が高まり、この地でたくさんの作品を生み出しています。
<ゴッホは、アルルに日本の姿を求めた>
(世界文化遺産:アルル、ローマ遺跡とロマネスク様式建造物群)
絵はがき★ゴッホ『黄色い家』★
(1888年:ファンゴッホ美術館所蔵)
1888年2月、芸術家のユートピアを作ることを夢見てアルルにやってきたゴッホが拠点として借りた家。
本作はアルルにきて間もない時期に描かれているが、ゴッホが借りたのは画面一番手前の家の右側部分。
同年10月、ゴッホはゴーギャンとの共同生活をスタートさせたが、12月に起きたいわゆる「耳切り事件」で破たん。
★円形闘技場の上からから見たアルル市街とローヌ川★
絵はがき★ゴッホ『ローヌ川の星月夜』★
(1888年:オルセー美術館所蔵)
ゴッホは、頭に数本のローソクを王冠のように巻いて本作を描いたといわれている。
絵はがき★ゴッホ『夜のカフェテラス』★
(18888年:クレラー・ミュラー美術館所蔵)
★フォーラム広場のカフェ・ファン・ゴッホ★
このあたりはゴッホが生きた時代の面影を残している。
耳切り事件の後、ゴッホはアルル市民の要請で監禁生活を余儀なくさせられました。
医師の勧めもあり療養所生活の中でもゴッホは、中庭や病室などの絵を描いています。
★ゴッホ『アルルの療養所の中庭』★
(1889年:ヴィンタトゥール オスカー・ラインハルト・コレクション所蔵)
(Photo by 「週刊美術館 ゴッホ」)
症状が落ち着いたときに描いたのが本作。
ゴッホが入院していた病院は、「 エスパス・ファン・ゴッホ」と名付けられた総合文化センターとなっており、絵とそっくりに再現された中庭を見学することができた。
★★いかにしてゴッホはゴッホになったのか★★
2010.10.27のブログ記事はこちら
<セザンヌの町、エクス・アン・プロヴァンスと
サント・ヴィクトワール山>
プロヴァンス地方でひときわおしゃれな雰囲気の町といわれるエクスは20世紀絵画の父・セザンヌの故郷であり、泉や噴水が多く、温泉の町としても知られています。
この町の北東に聳えるサント・ヴィクトワール山はセザンヌの精神的な支えだったといわれており、セザンヌは後半生にサント・ヴィクトワール山をモチーフにした作品を数多く制作しています。
私はセザンヌが晩年使っていたいたアトリエの内部を見学し、セザンヌが絵画制作に愛用していた道具などが生前と同じように展示されているのを間近に見、死ぬ直前までスケッチに出かけた場所に実際に行ったことでセザンヌという画家に興味を持つようになりました。
オルセー展チラシより★セザンヌ『サント=ヴィクトワール山』★
(1890年頃:オルセー美術館所蔵)
★セザンヌのアトリエがあるレ・ローブの丘から望む、サント・ヴィクトワール山★
<晩年のルノワールやピカソが愛した陽光のコート・
ダジュール>
南仏コート・ダジュールには、敵の侵入を防ぐために山の上を城壁で囲った「鷲の巣村」が点在しています。
サラセン人の襲撃などに備えて作られた村は、現在は観光地として人気があります。
★鷲の巣村で唯一海に臨む村・エズ★
標高427mの険しい岩山の頂上に作られた村からの壮大な眺めと、美しい街並みの散策が観光客に人気。
鷲の巣村のひとつ、オ・ド・カーニュの砦を望むカーニュ=シュル=メールの高台に、画家ルノワールが最晩年を過ごした「レ・コレット」があります。ルノワールは、この農地の樹齢100年を誇るオリーブの林が切り倒されるのをやめさせるために農地を購入したそうですが、ルノワールのアトリエは現在美術館になっています。
(私の訪問時は、臨時のメンテナンスのため閉館 )
★ルノワール『カーニュのテラス』★
(1905年:ブリヂストン美術館所蔵)
(Photo by 「ルノワール+ルノワール展」公式ガイドブック)
★★「ルノワール+ルノワール展」でフランスを代表する美の巨匠父子の世界を体感★★
2008.4.18のブログ記事はこちら
<スペインが生んだ天才画家ピカソが穏やかな暮らしを謳歌した青い海>
スペインの港町・マラガで生まれた画家・ピカソは住まいと恋人をめまぐるしく変え続けたが、晩年は南仏暮らしが定着。
91歳で亡くなったピカソはエクス・アン・プロヴァンス近郊のヴォーヴナルグ城の前庭に眠っていますが、城の南にはピカソが敬愛するセザンヌが愛したサント・ヴィクトワール山が聳えています。
★コート・ダジュール有数のリゾート地、ニース★
絵はがき★ピカソ『鳩』★
(1957年:バルセロナ ピカソ美術館所蔵)
ピカソは幼いころから親しみを覚えていた鳩をよく題材にしたが、本作は『ラス・メニーナス』の連作58点の一部として、カンヌのラ・カリフォルニー荘で制作された。バルセロナのピカソ美術館に全9点がシリーズで収蔵されている。
★★陽光のコート・ダジュールとプロヴァンス★★
2005年7月の旅行記の詳細は4トラベルにアップしています。
①ニース、モナコはこちら
②プロヴァンスはこちら
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